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2019年7月16日 (火)

TV視聴、読書など (3)

「バッハ『音楽の父』の素顔と生涯」(加藤浩子)は、博識の著者が自身の作品評価を加え、またBWV番号を添えて解説されているので、本をくりながらユーチューブであれこれ聞いて時間を過ごした。結局知った曲を再び聞く方向に流れてしまったが。本と言うよりバッハの曲の感想をいくつか。
カンタータBWV147。タイトルは「Herz und Mund und Tat und Leben(心、口、行い、生活)」。はるか昔高校の頃に初めて聞いた3拍子のコラール「主よ、人の望みの喜びよ」が最後の第10曲で、第6曲のコラールも同じメロディーだと知ったのはずっと後だが久し振りに懐かしく聞いた。
無伴奏バイオリンソナタ・パルティータBVW1001-6。30年以上の昔にNHKのFM放送でテープに録ったと記憶するチョン・キョンファのパルティータ第2番BWV1004のシャコンヌはテープがすり切れるるほどに聞いたものだ。今回女史のご勇姿を改めて懐かしく拝見して、そーこれこれと思い出した。
「マタイ受難曲」BWV244。この曲は思い出が深い。初めて聞いたのは1985年のバッハ生誕300年のときに筑波のノバホールでウィーン少年合唱団による演奏会だった。少しは予習して行ったが、3時間の大曲に圧倒されたのを思い出す。その後、1997年に斎藤記念オーケストラの演奏が小澤征爾指揮で行われ、それをNHKがTV放送した。今でも録画をたまに見返すことがある。主だった独唱は外国からのソリストに依ったが、中には若い日本の新進歌手の独唱もあった。その中で、大司祭、司祭2を歌ったご当人と後年というかつい先年お話させて頂く機会があったのだ。その時は気づかず、ひょっとしてと調べると昔のビデオに登場・独唱されておりドイツ語歌詞の発音も完璧で大いに感激した。
「ヨハネ受難曲」BWV245。この曲もNHKの放送、その録画で何度も聞いたが、私の主観的評価はこれまでマタイの方に軍配があった。マタイの繰り返される静謐なコラールやアルトのアリアのメロディー、終曲の大合唱の印象が強い。今回、改めてヨハネを先頭の合唱から聞いてEs ist vollbrachtのアリアなどに感銘しつつ、最後の2曲、静かな合唱と次第に力強く歌われる締めくくりのコラールまで来ると、感動でこちらに鞍替えしたくなった。バッハが生涯4回も改変を加えながら繰り返し演奏したという思いにやっとたどり着いた感じだ。その最後の2曲だが、いろんな演奏でスタイルが極端に分かれている。用いる譜の版の違いによるのか、それとも演奏家・専門家の解釈によるものなのか、音楽素人としてはその理由は分からない。カール・リヒターの演奏は、全体にゆっくりしたテンポでフェルマータを忠実にというかその前後にも同記号があるかのように情感豊かに演奏する。一方、近年の多くの演奏は、速いテンポで同マークは本当の最後の2つほどだけ採用して途中はほとんど無視する。今回、特に終曲に感動したのはリヒター版を聞いたことによる。曲の美しさはどの演奏にも共通するのだが、それだけでない説得性をリヒター版から強く受けたのだ。ロマン派風演奏なのだろうか(などと素人解釈しても仕方ない)、フェルマータとは何か改めて調べたくなった。そんな理屈は抜きにして、この終曲が重厚な多重合唱で歌われ、その上に透き通るソプラノ声部が乗って、節ごとに強まるフォルテで歌い上げられてゆくのは感動の一言である。合唱団は、もちろんイエスへの永遠の賛美、復活の確信という歌詞の意味を歌っているのに対し、聞くこちらはメロディー、ハーモニーだけを追っているのだが。
「ミサ曲ロ短調」BWV232。「コーヒーカンタータ」BWV211。その他あれこれ。もう書く元気がない。

(2019年7月16日)

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