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2019年7月

2019年7月31日 (水)

夕陽のブルーベリー

関東甲信地方の梅雨明けは7月29日頃との速報である。例年より8日、昨年より30日遅いらしい。こうして短い高温多湿の夏がやっと始まった。もうすぐに秋だろう。今年の後半もあっという間に過ぎてゆく。
その梅雨明けの3日前の夕方のほとんど日の沈もうとする頃だった。我が家の狭い庭の一角に道路を挟んで西の宅地の庭から夕陽が差している。この時期特有の幾何条件の成立だ。殆どの季節で全く日の当たらないブルーベリーの木が太陽光、それも西日を浴びて何か神々しささえ感じさせる一瞬の輝きを呈していた。急いでカメラを持って戻ると、西を向く実は正面から、東を向く実は背から陽を浴びた姿を撮る数分の作業時間を辛うじて得た。絞りをできるだけ開いたので甘いピントを恐れたが現像結果は満足できる写りだった。

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(2019年7月31日)

2019年7月28日 (日)

高原野菜

私たちと言うのは家内を含めての意味だが、その私たちより少しばかり年配になる信州在の家内の従兄夫妻の健康度は私たちに数等勝っているようで、この暑さの中を定年後農家の実践に暇なしとのことである。この時期に野菜を箱いっぱい送って頂いた。そのごく一部である。

モロッコ種のインゲン豆。実に柔らかい。茹でて醤油和え、みそ和えでビールのつまみに言うことなしである。

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箱いっぱいのキュウリとナス。コントラスト不足で写りが良くないがそのごく一部である。

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そして箱いっぱいのネギ。実は冬に頂いたネギの根を植えておいたのが今庭で葉を出しており、みそ汁の具に刻んで香りに用いているが、今回この量だから食べ方も豪快な調理で頂いている。根の部分は取って置いてあるのでいずれ植える積りである。

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(2019年7月27日)

2019年7月25日 (木)

庭の収穫

順に4枚。先日閉店したケイヨーD2で昔買った早生種の茗荷を何個か採集した。6月になって植えたミニトマトは4個を初収穫したが、始めてみる形である。今や青紫蘇の面影はないが、肥料のおかげで随分と大きい葉をつける。先日頂いた石垣のパイナップルも加わっての朝のサラダである。

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(2019年7月25日)

2019年7月23日 (火)

セージとハチ

梅雨がなかなか明けない。この後短い酷暑高湿の夏に続いて直ぐに秋となり、今年も後半期がどんどん進んでゆくのだろう。今日と同じ曇り空の昨日だったが、カメラのスイッチを入れたタイミングでメドーセージに一匹のハチの訪れに気付いた。そのショット。

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(2019年7月23日)

2019年7月21日 (日)

南国の香り

梅雨の日曜の午後、参議院選挙の投票を済ませ、そのまま買い物に自転車をこいで出かけ、夕刻戻ると家内が例年の石垣家族旅行のお土産を送って頂いたと言う。確かにカラフルな大物が冷蔵されてどっさり入っている。レンズが望遠気味なので半分ばかりをガラス皿に移しての一枚である。オレンジはマンゴーと分かるが、ピンクは言われてドラゴンフルーツと思い出した。

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(2019年7月21日)

2019年7月16日 (火)

TV視聴、読書など (3)

「バッハ『音楽の父』の素顔と生涯」(加藤浩子)は、博識の著者が自身の作品評価を加え、またBWV番号を添えて解説されているので、本をくりながらユーチューブであれこれ聞いて時間を過ごした。結局知った曲を再び聞く方向に流れてしまったが。本と言うよりバッハの曲の感想をいくつか。
カンタータBWV147。タイトルは「Herz und Mund und Tat und Leben(心、口、行い、生活)」。はるか昔高校の頃に初めて聞いた3拍子のコラール「主よ、人の望みの喜びよ」が最後の第10曲で、第6曲のコラールも同じメロディーだと知ったのはずっと後だが久し振りに懐かしく聞いた。
無伴奏バイオリンソナタ・パルティータBVW1001-6。30年以上の昔にNHKのFM放送でテープに録ったと記憶するチョン・キョンファのパルティータ第2番BWV1004のシャコンヌはテープがすり切れるるほどに聞いたものだ。今回女史のご勇姿を改めて懐かしく拝見して、そーこれこれと思い出した。
「マタイ受難曲」BWV244。この曲は思い出が深い。初めて聞いたのは1985年のバッハ生誕300年のときに筑波のノバホールでウィーン少年合唱団による演奏会だった。少しは予習して行ったが、3時間の大曲に圧倒されたのを思い出す。その後、1997年に斎藤記念オーケストラの演奏が小澤征爾指揮で行われ、それをNHKがTV放送した。今でも録画をたまに見返すことがある。主だった独唱は外国からのソリストに依ったが、中には若い日本の新進歌手の独唱もあった。その中で、大司祭、司祭2を歌ったご当人と後年というかつい先年お話させて頂く機会があったのだ。その時は気づかず、ひょっとしてと調べると昔のビデオに登場・独唱されておりドイツ語歌詞の発音も完璧で大いに感激した。
「ヨハネ受難曲」BWV245。この曲もNHKの放送、その録画で何度も聞いたが、私の主観的評価はこれまでマタイの方に軍配があった。マタイの繰り返される静謐なコラールやアルトのアリアのメロディー、終曲の大合唱の印象が強い。今回、改めてヨハネを先頭の合唱から聞いてEs ist vollbrachtのアリアなどに感銘しつつ、最後の2曲、静かな合唱と次第に力強く歌われる締めくくりのコラールまで来ると、感動でこちらに鞍替えしたくなった。バッハが生涯4回も改変を加えながら繰り返し演奏したという思いにやっとたどり着いた感じだ。その最後の2曲だが、いろんな演奏でスタイルが極端に分かれている。用いる譜の版の違いによるのか、それとも演奏家・専門家の解釈によるものなのか、音楽素人としてはその理由は分からない。カール・リヒターの演奏は、全体にゆっくりしたテンポでフェルマータを忠実にというかその前後にも同記号があるかのように情感豊かに演奏する。一方、近年の多くの演奏は、速いテンポで同マークは本当の最後の2つほどだけ採用して途中はほとんど無視する。今回、特に終曲に感動したのはリヒター版を聞いたことによる。曲の美しさはどの演奏にも共通するのだが、それだけでない説得性をリヒター版から強く受けたのだ。ロマン派風演奏なのだろうか(などと素人解釈しても仕方ない)、フェルマータとは何か改めて調べたくなった。そんな理屈は抜きにして、この終曲が重厚な多重合唱で歌われ、その上に透き通るソプラノ声部が乗って、節ごとに強まるフォルテで歌い上げられてゆくのは感動の一言である。合唱団は、もちろんイエスへの永遠の賛美、復活の確信という歌詞の意味を歌っているのに対し、聞くこちらはメロディー、ハーモニーだけを追っているのだが。
「ミサ曲ロ短調」BWV232。「コーヒーカンタータ」BWV211。その他あれこれ。もう書く元気がない。

(2019年7月16日)

2019年7月14日 (日)

TV視聴、読書など (2)

読書。本当に本を読まないのだが、最近の流し読みのような読書:「人工知能に読書を教えたら」(岡本雄一郎)、「立憲的改憲」(山尾志桜里)、「バッハ『音楽の父』の素顔と生涯」(加藤浩子)。
「人工知能」は、はじめに、プロローグ、本編の6章でエピクロスから現代・現在までの古今の哲学者の考察をふんだんに引用しながらいろんな角度からAIと人間の違いをするどく述べてゆく。全体としては違いがむしろ小さいというかAIのできる範囲が十分に広いことを知らされる。第一章は、「AI vs 正義、人工知能に倫理を教えられるか」。ここだけでもいくつもの思考実験が紹介される。「トロッコ問題」、「トンネル問題」、「ロボット三原則」、「お迎え問題」、「新トロッコ問題」、「フレーム問題」、「人間フレーム問題」、等々。自動車の自動運転にどんな基準で危険回避策を選択させるかあれこれの例題が示される。判断の基準に「功利主義」、「義務論」のようなものがあるらしい。事故を避けられない状況で、ハンドル操作の選択により複数の被害ケースがあるとき、どのケースを選択するようにプログラミングするかがAIの倫理問題となる。平素な言葉で言えば一種の「究極の選択」問題だが、自動車会社は自動運転に事故対応ロジックをどう組み込むか、組み込まないか、悩むところらしい。この後も章を追っていろんな課題が述べられる。全体を終えるとそれじゃあれはどうなの、これは、と次々に質問したくなりAIに対する意識が変わること請け合いだ。

(2019年7月14日)

2019年7月12日 (金)

グラジオラス(2)

昨日の記事は日付の誤りが複数あったようだ。7月も中旬に入って梅雨の終わる気配がまだ見えない。雨滴を湛えたグラジオラスを眺めた朝の一時の数枚である。

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(2019年7月12日)

TV視聴、読書など (1)

TV。年度第一四半期が過ぎて第1クールの連続ドラマが一通り終わった。バラエティーなども含めると大体毎日1、2本は何かを見てきた。今季見たドラマを順不同に上げると、「わたし、定時で帰ります。」、「インハンド」、「スパイラル~町工場の奇跡~」、「集団左遷」、「執事西園寺の名推理2」、「パーフェクトワールド」、「歌舞伎町弁護人、凛花」、「南の帝王ZERO」などであろうか。中にはネット配信で見たのも含む。どれも感想を書くと数行で済まないものばかりで一つを選ぶのは本当に難しいのだが、敢えて「パーフェクトワールド」と書いておこうか。松坂桃李、山本美月の主役2人、周りの全員がよかった。この年になるとハッピーエンドで終わってほしいのだ。インハンドの山下智久は昔の「クロサギ」を思い出させてくれて、リスク対応ドラマとして外国ロケを入れたりしての凝った作りに関心。スタイル抜群、一見クールそうな菜々緒の素顔がだいぶん分かってきた。集団左遷では、主役の福山雅治はもちろん脇を固める俳優陣が曲者ぞろいで香川照之は今回おとなしすぎる役で物足りなかったのではなかろうか。スパイラルは最終直前回までハラハラし通しだったが、最終回のストーリーだけは予想外の展開が少し残念だった。南の帝王では小林豊、太田夢莉を知ることができた。特に太田の関西弁がよかった。定時で帰りますは、共感しながら見た人が多かったのでは。

(2019年7月12日)

2019年7月11日 (木)

グラジオラス

しばらく振りだ。梅雨の曇り空の下グラジオラスが咲き始めた。花瓶に生けられた花の色を写そうと照明を真上の蛍光灯だけにしての1枚である。

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今月に入っての我が家の出来事を一つ。ちょうど一週間前の7月3日に猫のハギが21歳の生涯を終えた。つい先日まで2階の私の部屋まで訪問に来たりして元気そうに見えたが寄る年波に逆らえず突然の別れだった。

(2019年7月19日)

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